
出発の際は壮行会、出発式等忙しい中大変お世話になりました。
到着の報告もせずに申し訳ありませんでした。
7月6日成田を出発し、7日ジュネーブでのブリーフィングをうけ、9日ナイロビに向かいました。10日の午前ナイロビでのブリーフィングをおえ午後の便でロキチョキオに向かい無事到着しました。空港ではヘッドナースが迎えてくれました。12日にブリーフィングをうけて13日から病院での業務が始まりました。毎日病院と宿舎の往復ですが、15分間、車から見える景色には異国を感じさせられます。
こちらに来て1ヶ月が過ぎました。
気候、生活にも慣れ元気に過ごしています。12年前のクエッタに比べ、ロピディンの規模の大きいのと、ロキチョキオ副代表部の外国人スタッフの多いのに戸惑っています。しかし病院の入院患者数は減少していて7月の平均入院患者数は200人程度で、WARD6,7,8は閉鎖されてます。1日に運ばれる患者数も平均10人程度です。私は一般術後病棟WARD1,2(110床)と退院テントを担当しています。入院基準もクエッタとは違い、戦傷負傷者だけではなく、またその内訳も銃創によるものがほとんどです。また地雷による負傷者が少ないのに、四肢切断患者が多く、受傷後何日も時には何ヶ月もたった古い傷のために切断を余儀なくされるようです。
宿舎は二重のフェンスが張られ外からの流れ弾を防いでいます。夜間時々銃声が聞こえますが・・・安全のようです。こちらに来てから1日だけ夜間外出禁止令がだされましたが理由はよくわかりませんでした。ダフールの状況はよくわかりませんが。こちらにはあまり影響ないようです。
この間、夜勤をしてて、さそりに出会いました。ICUの床を走ってくるのに驚きましたが一緒にいた看護助手がやっつけてくれて助かりました。ほんとにいるんだーとびっくりしました。その日から靴を履くとき必ずなかを確認してから履くようにしてます。
とにかく、毎日よく食べて、よく眠れます。少しお肌が乾燥ぎみですが・・・
それではまた
沖縄赤十字病院 高尾実千代
これは、ロキチョキオでの活動が始まって1か月が過ぎたころ、支部あてに送信したメールです。久しぶりに読み返してみて、ジュネーブでの思いがけない再会や、ケニアで出会った人たちのことを思いました。
今後数回にわたって、写真などを織り交ぜながら涙あり、笑いありの私のアフリカでの国際救援活動の体験談を皆さんに報告していきたいと思います。
乞う ご期待!